安楽寺松虫姫鈴虫姫和讃

帰命頂礼 都にて
東山なる 鹿ケ谷
仰いで松虫 鈴虫の
あらまし由来を 尋ぬれば
円光大師の 御弟子にて
住蓮上人  安楽は
柴の庵の 明け暮れに
心を澄ます 谷水の
流れを人の 聞き伝え
人里まれなる 鹿ケ谷
なお山深く 分け入りて
柴の庵を 結びつつ
恵心僧都の 御作なる
座像の弥陀を 安置して
不断念仏 なしたまう
その頃松虫 鈴虫は
後鳥羽御門の 后にて
容顔美麗に なりければ
御門の寵愛 浅からず
数多の官女の 妬みより
とかく浮世を 厭い捨て
菩提の道を 求めんと
一念心を 傾けて
剃髪染衣を 求めんと
夜も深々と 丑の刻
錦の褄を 手に持ちて
徒歩や跣で 二人連れ
潜み潜みて 裏門を
手に手を取りて 出でたまう
おりしも九月の 末なれば
月は隠れて 真の闇
足は急げど 夜の道
歩みも馴れぬ 山坂を
辿り辿りて 鹿ケ谷
いまだ東雲 明けざるに
住蓮安楽 二方は
はや晨朝の 勤め声
朝の嵐か 松風と
宝の起伏 極楽を
したう思いの 山寺の
門の扉を 押し開けて
いとしみじみと 礼拝し
住蓮安楽 二方は
具に事の 由を陳べ
剃髪染衣を 願いなば
言葉揃えて 御歳は
幾歳にならせ たまうぞと
問わせたまえば 松虫は
歳は十九に 鈴虫は
十七歳と 答えたまう
雲居に住みし 女中方
花か蕾を 見るような
いまだ年端も いかぬ身で
出家を願う こころざし
最も殊勝の 事ながら
しばし時節を 待ちたまえ
示したまいて 剃髪を
止めたまえば 女人らは
余りに儚き 娑婆世界
老いも若きも 諸共に
今に出かくる 未来をば
心に懸けし われわれよ
密かに禁裡を 出でしより
いとど出家が 叶わずば
哀れ尊き 法のみを
何処の河辺に 沈むとも
ふたたび禁裡へ 帰るまじ
暇の誓いを たまわれば
住蓮安楽 二方は
詮方なくして 許したまう
憐れなるかな 女人らは
緑の黒髪 剃り落し
松虫妙智と 鈴虫は
妙貞法尼と 名を変えて
容顔美麗の 姿をば
松葉の煙に くすべつつ
墨の衣に 麻の袈裟
夜半に紛れて 粉河へと
月の行く影 諸共に
都の露と 消えたまう
その後住蓮 上人は
出家を許せし 咎として
建永二年の 春の頃
二月九日 午の刻
衣に邪見の 縄を掛け
辛き憂目の 近江路や
馬渕の里に 曳き出だし
ここにて暇を たまわると
西に向かいて 手を合わせ
念仏唱える 後ろより
閃く太刀の 稲妻の
首のあとより 一本の
妙なる蓮の 咲き出でて
消えて儚く なりたまう
その後安楽 上人は
倶に籠れる 鹿ケ谷
出家を許せし 咎として
建永二年の 春の頃
二月九日 午の刻
六条川原に 引き据えて
西に向かいて 手を合わせ
日没礼讃 行じつつ
六条河原の 水の泡
消えて儚く なりたまう
その後松虫 鈴虫は
加多ヶ浦より 船に乗り
安芸国なる 厳島
光明三昧 院に着き
住蓮安楽 二方の
菩提を弔い たまいしに
おりしも松虫 局には
三十五歳の 御歳にて
その後鈴虫 局には
四十五歳の 御歳にて
光明輝き 華も降り
紫雲棚引き 極楽の
音楽歌舞と 諸共に
消えて儚く なりたまう
かかる謂れを 聞く人は
仏恩報謝の 為にとて
明け暮れ称名 唱うべし
南無阿弥陀仏 阿弥陀仏

安楽寺さんの 御詠歌に
身も安く 心も安き 古寺の
深き恵みは 楽しかりける

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